和海悠の『Passing through a Tunnel』〜方向性模索中〜

和海悠(かずみゆう)の好きな音楽、創作、IT、最近の興味と自分の気づいたことをダダ漏れに発信中。

絶対比較。

自己と他者を比べることに、何の意味があるのだろうか。

比較を定義すると、共通点を探し、相違点を見つけること。
それだけで終わる比較は、学問にしか存在しえない。
何故なら、人は自らの価値基準に照らし合わせて行動しているから。

比較の中にどれくらいの価値判断が入るのか、ここに個人差がある。今回は非科学的だが血液型を用いる。
僕の周りのB型グループのように自分を貫ける強さも、O型グループのように周囲に適応できる柔軟性も、僕にはない。
…みたいに、自分を持たず流されやすい人間である僕(あえてA型グループとは言わない)。このように比較から価値判断へと流れてしまう。

10月~12月までの目標として、『気にしない』とひっそりと掲げている。
が、『気にしない』と思えば思うほど周囲の評を意識している自分を思い知る。
立場や想いや目標もそれぞれ違うのに、総てを僕基準で比較して、喜んだり悲しんだり。
もちろん、それも『ありのまま』の僕なんだけど、なんだかなぁ。

この世界に絶対なんてないから、相対で見るしかないんだけど、
『(この点から言うと)○○みたいになりたい。』
そう思うばかりで自分のイイトコロもワルイトコロも直視できずにいる自分は、嫌いだ。

間違いないことはひとつ、、、いい加減に遊ぶのを控えて卒論のデータ揃えなきゃダメじゃん!!