和海悠の『Passing through a Tunnel』〜方向性模索中〜

和海悠(かずみゆう)の好きな音楽、創作、IT、最近の興味と自分の気づいたことをダダ漏れに発信中。

自虐ファンキー。

最近、新聞を欠かさず読んでいる。
まだ苦手な国際政治経済面は流し読みしかできていないし、ニュース欄見ても前提がないから解らん…みたいなカンジやねんけど、それでも社会について知るというのはイイコトですな。

今日(1月10日)の朝日新聞に、自虐という社会的適応についての記事があった。自虐とは、もともと謙譲だった『へりくだり』が進化したものであるらしい。
自虐的になることの意味として、次の3つが挙げられていた。

・希望がない社会で頑張らないためのふるまい
・笑いが求められる中、比較的簡単に笑いに繋げられる
・他者に『そんなことないよ』と肯定してほしい

自称自虐系の僕にしてみれば、確かにそうだなーてのが本音。…まさしくすぎて『はい、すみません』としか言えないカンジ。
しかし、自分自身を代表者にするのもおこがましいが、自虐系はきっと気づいていると思うんだ、自分自身がこんな意味を求めてふるまっているって。代替案が見つからなくて、それを選ぶしかない状態なんじゃないかな。そしてそんな自分に嫌気がさす。やっぱり自分なんてどうしようもない人間なんだ…て誰かが救い出してくれるのを待っているんだ。
マーフィーの法則っていうものがある。それによると、良いイメージも悪いイメージもすべて現実に現れる。だからこそポジティブシンキングが求められる訳だ。逆に言えば、自分がどうしても良いイメージを持てないなら止めておくという選択肢も一案。

新聞は知識の宝庫だ。もちろん本だってそう。他人の人生を擬似的に体験できるっていうことが魅力的。やっと僕もそういう風に感じられるほど大人になったんだなーと実感。