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和海悠の『Passing through a Tunnel』〜方向性模索中〜

和海悠(かずみゆう)の好きな音楽、創作、IT、最近の興味と自分の気づいたことをダダ漏れに発信中。

感情アンドロイド。

この世は、解らないことだらけだ。
政治、経済、常識。どれだけの人が「知っているつもり」になっていることだろうか。
中でも、人の感情となればそれはなおさらのことで。
誰かのためを思って口汚く罵っても相手にしてみればただの悪口だったりするし、誰かを振り向かせようとそういう素振りを見せたところでドライで鈍感な彼女は往々にして気づかなかったりする。

しかし、解らないことばかりだと思われがちな世の中でも、ただひとつ解ることがある。
それは、自分自身について。
本当のところ、自分自身が「解らない」という言葉にある本心の純度は0.01%にも満たない。
そう、本当は、解っているのだ。自分自身について、自分の感情について。ただ、それを認めたくないだけで。

僕は、今の自分自身が最終形態だと認めたくないんだろう。
それは単に僕に能力やバランス感覚がないからではなく、僕の外見や内面が中途半端だからではない。
これらは一要素として存在することはあっても、それ自体が理由となるべきものではない。
実際にそうだとしても、自らその事実を「認める」ことが可能だからである。

自らを信じ切れていない。かといって、自らを信じたくないわけでもない。
「何かひとつに突き抜けているわけでもなければ、すべてを網羅できているわけでもない」どうしたってこの事実は認めるしかなくて。
そんなことで否定的にしか自分を見られないんだけれど、それを何とかして肯定的に持っていきたい自分も存在する。いわゆるナルシズムに近いものなのかもしれない。

本当は解ってる。
僕は足りていない。だから欲しいものがある。自らに足りていない、人間性を求めている。
感情だけではなくて、その中の感性。
自分を守る枠組みではなくて、枠組みを壊すほどの熱狂。
自己否定ではなくて、自己肯定。そしてそれを導く他者肯定。

100%誰かのためにいたことなんて、きっとなかった。今までずっと。

認めなくちゃ進み出せない現実から目を背けることにかけては一級品な僕。今までそうやって乗り切って来れたけど、もうそんな小手先のテクニックを使っている場合ではないことも事実。

なぁ、僕にだって「謀り」は存在するんだよ。
こんなにも醜い感情をストレートに出せない僕を、君は「素直」と…「優しい」と言うのだろうか。