和海悠の『Passing through a Tunnel』〜方向性模索中〜

和海悠(かずみゆう)の好きな音楽、創作、IT、最近の興味と自分の気づいたことをダダ漏れに発信中。

雨の後に架かる橋。

高校生とは、なんと鈍感で浅はかなのだろう。
肌触りの良い衣服にこだわり、自らの外見とは似つかわしくない芸能人に憧れた。そして理想的なそれとは全く正反対の、自らという衣服に反抗していたんだ。そこに多数の甘えを共存させながら。
大学生をもうすぐ終える僕は、自らを顧みてそう感じている。

初めて彼女と出会ったのは、高校2年の冬だった。
出会った時はまさか、こんなにも彼女にハマってしまうなんて誰が思っただろう。
彼女が、眩しかった。自らをありのままで生きる姿勢が。自らを主張する声が。憎しみや哀しみを紡ぐ言葉が。
僕はそれらをなにひとつ持っていなかったから。もともと影響されやすい性格だったこともあるが。

今となって想う。あの頃、僕は彼女の何を見ていたのだろう。
彼女の表層しか見ていなかった。いや、それさえちゃんと見えていなかったのではないだろうか。

彼女は憎しみや哀しみを表現することで自らを宥めていた訳じゃない。彼女は、憎しみや哀しみを歎き、その向こうにある『優しさ』を歌っていた。
ありったけの憎しみを浄化し、それを静かな雨にして聴衆の心に染み込ませようとしていた。みんなが『大丈夫であるように。』
そんな純朴な心に、僕は解釈というフィルターで泥を加えていたような気がする。

不器用な彼女は、一旦僕の前から姿を消した。そして戻ってきた。
その決意は、彼女の意思をパワーアップさせていた。
誰も涙を流さない世界を。諦めて苦を受け入れずにいられる世界を。大切な人を、世界を守ろう。そう言って差し出した腕を、背中を、声を、歌を、覚悟を、意思を。僕たちはしっかりと受け止めることができていただろうか。

誰かのために。
当たり前のようで、一番難しいこと。

『生きろ。生きろ生きろ生きろ生きろ。夢でもいい。昨日も幸せ、今日も幸せ。』
今でも思い出す。彼女のメッセージ。彼女の渾身のモノローグ。その後に始まる歌。歎き、怒り、赦し、愛しさ。
『ありがとう』の楽しげな笑顔と、その後の静寂。
自らの信じる道を突き進む力と、『足りない』と言いさみしげな横顔。
そして、知らず知らずのうちに追い詰められている精神、それを振り払う炎と更なる決意。

痛々しいと言う人もいるだろう。
バカバカしいと笑う人もいるだろう。
でも、そんなことをここまで考え、行動した人間がいるだろうか。
僕は彼女を尊敬するし、そうありたい。
100%ではなくとも、少しだけれど、彼女の想いが届いたから。
だからこその偽りない涙だったよ。

Cocco、『大丈夫であるように』
公開最終日に間に合ってよかった。
もっともっとたくさんの人に届けばいいな。
彼女の願いが。

『悲しみはいらない
優しい歌だけでいい
あなたに降り注ぐすべてが
正しい優しいであれ』

 

 

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