和海悠の『Passing through a Tunnel』〜方向性模索中〜

和海悠(かずみゆう)の好きな音楽、創作、IT、最近の興味と自分の気づいたことをダダ漏れに発信中。

じゃぶじゃぶ。

会話の多くは非生産だ。
意味のない会議。あたりさわりのない雑談。
相手を恐れるあまりの沈黙も、その一部。

会話をボクシングに例えるなら、
従順なふりをしてのアッパーカットが好きだ。
その意外性、起死回生こそ試合の見せ場となり、
最高潮のボルテージでもって観客に迎えられる。
見破られればカウンターという、一か八かのスリルがまたいい。

…なんてのは詭弁でしかない。
技を知らないだけなのだから。
よく策略を練られたアッパーカットこそ意味があるものであり、
闇雲に打ち出されるそれらから得られるものは、勝利ではない。
そのあたり、僕はすでに学んでいるはずであるのだが。

大切なのはひとつひとつの技ではなく、
どの技をどう組み立ててのか、その構成力。
会話も文章もファンタジーも空想もラジオも恋愛も人生も、その構成力で勝敗が決定する。
手数が多くても少なくてはいけない。
なぜなら、そこから有機的な構成が完成することはありえないからである。
もちろん、一本のパンチも繰り出さないなど、愚の骨頂。
(誰に向けて言うわけでもないけれど。)

軽やかなステップで、様子を伺う。
じゃっかんエネルギー切れ寸前で、頭のどこかがキレそうな僕だけれど、
今回はそういう構成を試してみたい。
ストレートでTKOも悪くない気がするから。