和海悠の『Passing through a Tunnel』〜方向性模索中〜

和海悠(かずみゆう)の好きな音楽、創作、IT、最近の興味と自分の気づいたことをダダ漏れに発信中。

楽しいと辛いの鎖。

楽しいときは一瞬で、そんなときに「生きてる」って感じられる。
その息づかいを感じているうちに終わってしまうから、後から思い出すことでやっと気づくのだけれど。
ケータイを落とした淡路島も、まるで国内旅行のように過ぎたタイ旅行も、
なぜか大阪をめぐったドライブも、卒業式飲み会やカラオケも、
すべてがあまりに儚くて、ほんとうにあったのかどうか忘れてしまいそうだ。

「辛い」「苦しい」ことの先に「楽しい」があると言うけれどそんなの嘘っぱちで、
本当は「楽しい」が「辛い」や「苦しい」に挟まれているだけなんだと想う。
「辛いことを耐えればその先には明るい未来が」なんて言うけれどそんなの嘘っぱちで、
「辛い」の先に充実感はあれどそれを「楽しい」と感じるかを決めるのは自分だと想う。

どんな瞬間だって僕は僕だった。
僕のことは僕が決めていた。
だからどんな予想外な結末が待っていても、そこに責任を持たなければいけないんだった。
「もし、あの頃こうだったら・・・」
「もし、生まれつきこうだったら・・・」
そんなことをいまさら言ったところでどうにもならないと知っているだけじゃなくて。

僕が僕でいられるのはこれまでに育まれた環境があるわけで、
いくら他の人が羨ましかったとしても戻れたり変われたりはできない。
だから・・・だからどうしたらいいのかは解らないけど。
今の自分に自信を持つのか、もっと変化を求めるのか。
どれが正解かは解らないけど。
でも、それを決めるのは僕だから、きっともっともっと真剣に考えてみるのもたまにはいいんじゃないかと想うわけで。
ちょっとダウナーな10連休の最終日だったわけです。