和海悠の『Passing through a Tunnel』〜方向性模索中〜

和海悠(かずみゆう)の好きな音楽、創作、IT、最近の興味と自分の気づいたことをダダ漏れに発信中。

潜水。

朝っぱらから自分というものに深く深く潜ってみようと思う。

 

悩むことはティーンズの特権のように言われることに僕は反対だ。

大人だって悩みは尽きないし、それこそまるで少年のような内容で悩むことだってある。

ただその悩みが学校からその他のことに変化するだけで。



周囲からのイメージが「明るく楽しく元気な奴」らしく、「ハイパーネアカ」らしいのだが、

別にそこまでの明るさを持ち合わせているつもりはない。

誰かの決めたキャラクターと自分自身の思っているキャラクターが不一致を起こす時、

人はたいてい葛藤するものであるが、僕もその例に洩れず葛藤しているようだ。

しかし、葛藤することはそんなに苦痛じゃない。

だって、演技しているのはこの自分自身なのだから。

 

苦痛なのは、葛藤していることを漏らされるときのことである。

普段楽しい人がふと見せる寂しげな表情とか、よく喋る人の無口とか、

そういった僕が決めたその人のキャラクターと逆のことをされると煩わしくなる。

その人も葛藤しているのだろうか、と思えば、実はかなり割り切っているらしい。

「自分自身がこういう時はこうだから当然なんだ・・・」と。

「だけど本当は・・・せなあかんのだけど・・・」と。

 

(ちなみに、この「せなあかん」は僕の嫌いな言葉の一つであって、

じゃあすぐさま「すればいいやん」とケンカ腰になってしまうのであって、

それで相手をむっとさせた回数も相当なものになるだろう。)

 

割り切れているのは、つまり、うまく立ち回っているということなのだろう。

苦手なことは苦手だから諦めて、できないって言って人の力を借りたり、

もしくは苦手なことをアピールして人を心配させて実は簡単に達成したり。

何だろう・・・すごくもやもやするんだよね、そういうの。

人をバカにするのもいい加減にしろ!!!となる。

 

僕が周囲の空気を読むのは自分が嫌われたくないからで、

それをうまく立ち回っているというならそうかもしれないけれど。

「僕はこういう人間だから」ってすべてを諦めてしまいたくない。

苦手なことは改善していくから次が生まれるんじゃないの?

その過程で辛いことやしんどいことに耐えるから達成感があるんじゃないの?

今回繰り越した課題を次回達成できそうなの?今のままで?

 

これまでの「なりたい自分の理想像」が前よりもふたしかになってきている。

素敵な先輩に巡り合ったのはよかったことなのだが、揺らいでいる。

職業とか、家族とか、そういったものではなく「自分のあり方」として、どうなりたいのか。

面白い人にもクールな人にも逞しい人にも社交的な人にも適当な人にもなりたい。

一番に、強くなりたい。こんな弱音を吐かないような。



・・・息が苦しい。

潜るってこんなに苦しいものだったっけ。

忙しさにかまけて頭の中で悩んでいたことは、こんなに浅いことだったみたいだ。

GWは11連休だし、もっともっと突き詰めて考えてみようかな。