和海悠の『Passing through a Tunnel』〜方向性模索中〜

和海悠(かずみゆう)の好きな音楽、創作、IT、最近の興味と自分の気づいたことをダダ漏れに発信中。

2013−2014東京ライフ総括:刺激的で、たくさんの光に溢れていたが、僕には眩しすぎて暗転した。

東京という土地に憧れていた大学生の頃。
社会人4年目になって踏み入れたその土地に、夢なんてなかった。

Some says to be alone makes us strong, the other says it is unhappiness. I think it is the opportunity to deep myself. (平成24年6月4日)

苦しみにもがいて、悔しさに歯をくいしばって。
楽しみを見出そうとして、偽の笑顔が貼り付いた。
感情を覆い隠して、仕事の鬼になろうともした。

論理とかストーリーとか戦略とか根回しとか詰めるとか大切だけど、それは解るけど、それだけになったら、きっとつまらないと思うんです。気づかないうちに、身体の8割以上を染められていたんだけれども。(平成24年7月19日)

食欲がなくなって、食べることをやめたら体重が簡単に落ちた。
でも、ある一定から落ちなくなって、今度は逆に太ることが怖くもなった。
感情を隠していた分、本当の感情が解らなくなって、突如表れる、意外な感情に戸惑った。

This week was too long cuz nothing I could do. Emotions as afraid, anxious, suspicious and jealous took me down to hell. Tired to lie down!(平成24年8月26日) 

それでもなんとか、周りの支えもあって、徐々に乗り越えることができた。休養期間は要したけれど、人生だとかこれまで・これからについて、いろいろと考える上では貴重な時間だった。

It goes without saying that I'm satisfied with my life as far as I'm concerned, but if I could back before, I would be back at any cost.(平成24年10月25日)

決断とその結末:哀しくて、でも貴重だったと後から思える。

そして、東京にもう一年いることを決めた。まだできることがあるんじゃないかと想って。こんなところで自分を諦めていられないって。まだまだ進みたかった。今となっては無謀な選択ではあったのだけれど。

結論はいつだって先延ばしにしていたし、今回もそうなったけど、誰かに決めてもらおうなんて甘いと知る。結局、もう来月には逃げられんからなぁ。自分の一言で身の回りの世界が変わるよ、文字通り(平成24年11月29日) 

テニスやフットサルに奔走して、たくさんの友人もできた。仕事仲間とも打ち解けたし、楽しめるのかも。そんな予感がしていた。新しい仕事がくるまでは。

すべてが嫌になった。もうここにいたくないと思うほどに。抜け出す術を探した。
東京という街で過ごしていく覚悟とともに。

解ってたつもりやったけど、所詮4年の社会人経験ってくちゃくちゃしてポイッとしてしまえる程度のもんやよねー。
(平成24年3月24日)

 その覚悟が打ち砕かれた時、僕がまた壊れだした。

世界はつぶれない前提で動いていくけど、誰かが積み上げたそれらを壊したくなる衝動、壊れるまで勘定が環状。乗り越えた暁には、また世界に吸い込まれる暴動、明日は休養。(平成25年4月26日)

そして、完全に壊れた認定を受けた日のことは忘れない。

散々笑って、さみしくなって、ちょっと泣きかけて、でもそこでぐっと耐えてしまう。耐える強さより、弱さを見せる強さが欲しいこの頃。(平成25年6月8日)

平成25年9月17日、僕は東京を離れ、地元に戻る。あのゴミゴミした大阪の街へ。

会社の同僚に別れを言ってきた。何も貢献できんかった悔しさと、苦しみからの解放とが混ざって、超複雑。ここで働きたいとは二度と思わないだろうけど、みんなと一緒だったことは財産になる…とか肯定的に捉えるには時間がかかりそうで、ただただ混乱で、ひとり泣きかけた。むしろちゃんと泣きたい。(平成25年8月31日)

この先どうするのか、どうなるのか、あてなんてないし、僕にも解らない。だけれど、まだ僕は僕を諦めきれずにいる。