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和海悠の『Passing through a Tunnel』〜方向性模索中〜

和海悠(かずみゆう)の好きな音楽、創作、IT、最近の興味と自分の気づいたことをダダ漏れに発信中。

どれくらい自分のことを自分自身が理解しているか?

01日記

人間の考え方にはそれぞれサイクルがあります。

10年以上、ブログを書いてきたが、毎回同じことで悩んできました。

幼いころから、誰かの期待に応えることで、周囲が喜んでくれるから、周囲が喜ぶようなことをしてきました。幼いころは勉強ができればよかったので、簡単でした。

でも、大人になるにつれて、世界は複雑になっていきます。テストのように数値化されない多様な客観的評価軸に振り回されることになったのです。

自分がどう見られているのか、他人が自分のことを疑っているんじゃないか。
誰かに相談したところで、その人のことを信じられない。
褒めてもらっても、何か裏があるんじゃないかと疑う。
そんなことを考えているうちに無為に時間が過ぎて、とりあえずなんとなく杞憂に終わる。

結果、何も変わっていない僕がいました。

どれだけ知識や経験を身に着けても、本質的な思考サイクルは変わっていないのです。
友人はこんな僕の考えを「ネガティヴスパイラル」と名付けました。

同じ思考サイクルを続けているだけでは、いずれ頭をうってしまう。
価値観を変えてみる、視点を変えてみることが必要なのではないか。
本当に自分がやりたいことは何か。遅まきながら、真剣に自問自答を始めました。

僕の場合は、「自分を知ること」でした。

無力で傲慢で、そういうところが大嫌いだった自分。それを克服しようと強がっていた自分。誰の言葉も信じず、自分だけで歩いていくことが「強い」と思っていた自分。
何もできない、諦めることしかできないと、本当は諦めてもいないのに自分を宥めていた自分。ひとりの部屋で泣くことが増えました。自分で自分を責めることは本当に容易くて、自分で自分をほめることはこんなにも難しいのかと思いました。

生まれ育ってきた価値観を変えることはたやすいことではありませんでした。
いまだに引きずられます。

だから、僕は僕自身を破壊したいと思います。

そして、これからも破壊しつづけたいと思います。たとえそれで破滅しても怖くない、後悔しないと思えるように。たまに首をもたげる不安を払って、新しいことに踏み出して、そして人間を理解し、尊敬することで、自分のことも理解し、尊敬できるのではないか。自分で自分を褒めて伸びていける、そういう人を増やしていくことで、僕も僕自身を認めてあげられるようになればいいと、今はそういう風に考えています。

だけど。まだ破壊できないのは何故だろうか。

上記の文章をあるところに送付して、プレゼンの機会を得ようと思っていました。これは僕が歩いてきた道そのものであり、僕がその過程で気づいたことだと。だけれど、どうしてでしょう、自分でもこの内容に価値を感じないのです。自分の肩書きもそう。

自分をまだ偽っている、まだ書ききっていない、まだ何もはじまっていない、人に誇れる成功もしていない。そういう想いが、僕を押しとどめます。落選が怖いのもあります。ここまで自分をさらけ出すことで、それが評価されるのが怖いんです。この恐怖に打ち克つにはどうすればいいのでしょうか。

結局、応募はしない、というより、できない。口で大きなことを言っても、こんなちっぽけな僕です。