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和海悠の『Passing through a Tunnel』〜方向性模索中〜

和海悠(かずみゆう)の好きな音楽、創作、IT、最近の興味と自分の気づいたことをダダ漏れに発信中。

書籍「知がめぐり、人がつながる場のデザイン―働く大人が学び続ける”ラーニングバー”というしくみ」

04書籍

社会って残酷だと思う。

個人の前に組織や利害がたちはだかる。組織に属している以上はしかたないことだと思っている人は、そうでない場があるということを知ってほしい。

最近はサードプレイスという議論が多い。家庭でも学校・職場でもない第三の場所、それは個人がそのまま個人として受け容れられる場所。人にとってそれはさまざまで、いきつけのBARになることもあれば、異業種交流会だったり青年部だったりするのかもしれない。

ラーニングバーには主にビジネスパーソンが集まるが、「中立非武装地帯」にすることで、すべての参加者がある程度までは自社の利害とは関係なく振る舞うことができる。(心理的安全の確保)=大学はそれに近い場であった。

本書は、そんなサードプレイスの土台をつくったと思われる中原淳教授の書く本。この本、別にサードプレイスの話だけでなく、勉強会の運営やイベントの企画においても非常に参考になる。

以下、特に印象的だった部分。

対話のルールは4つ。①「私を主語にして語ること」<〜と思う>を基本とし、<(私たちは)〜するべき><(世の中は)こうあるべき>を禁止。②経験談や主観を歓迎。③人がそれぞれ違っていて当たり前という意識を持たせる。④対話ではあえて判断を保留し、違いの背景にある前提に気づくことを重要視。

そうそう、自分のことじゃなくて、自分の中の知識を話している人のなんと多いことか。そして、自分以外の誰かが理想の世界を作ってくれることを望んでいる。その理想は人それぞれ違うのに、理想を押し付け合うことで、議論だと思っている。それはただの口喧嘩だというのに。自戒もこめて。

・ラーニングバーは講演会ともワークショップとも違う。会のテーマは決められており、主催者の意図が明確にデザインされている。
複数の「数十分」を「組み合わせ」、プログラムを「構成」する。
・質問→内省と発話→考えるヒント、講演者なりの回答→疑問・内省という循環を生む。
・場をつくることは手段であり、目的ではない。相互作用を通じて探求すべき「何か」があるはず。
・テーマ設定は「自ら興味があり」、「みんなの問題」であるかどうか。
・空間デザイン:日常とは切り離された/楽しくて安全
 →空間の工夫が話の種になる。アイスブレイクが不要な場にできる。
※注意点:学習者(参加者)中心のデザイン、主催者が楽しんでの実施、形成的評価の実施
・しっかりと創り込むことは重要。創りこんでいるから崩すことができる。また、創りこんでいても、参加者には思った以上に伝わっていない。 

誕生の歴史から、運営の動きまで含めて、どういう点に気をつけ、どういう点にこだわってきたのかが解りやすく書かれている。そして、どこまでもコンセプチュアルであり、目的を達成するために何をすべきか、どうするのが参加者にとって最善か、ということを突き詰めているなぁという印象。

・最後にまとめをする際には、①その場での回答を主観的に伝える②あえてもやもや感を残す③問いかけでしめる
・ラーニングバーは、何かを教える場ではなく、「問いかけ」を持ち帰ってもらうこと

自分自身が、なんとなくやってるセミナーやただの講演会で満足できない理由がハッキリした。そもそも、教えてもらおうなんて思っていなくて、自分が講演者から受け取りたい情報と講演内容にギャップがあって、それを埋める対話が、自分自身で完結してしまうことにもあったんだということに。受信ばかりしていてもしょうもないよね、発信したり実行したりしてはじめてかたちになるのだから。

 

ラーニングバー行きたい!って思ったけど、今はやってないのね、残念…。

 

知がめぐり、人がつながる場のデザイン―働く大人が学び続ける”ラーニングバー”というしくみ

知がめぐり、人がつながる場のデザイン―働く大人が学び続ける”ラーニングバー”というしくみ

 

第一章:【ルポ】ラーニングバー・エクスペリエンス

第二章:ラーニングバーの誕生前夜

第三章:メイキング・オブ・ラーニングバー 当日までになすべきこと

第四章:メイキング・オブ・ラーニングバー 開催当日

第五章:ラーニングバーから生まれた変化

第六章:他社から見たラーニングバー

最終章:学ぶことの意味、そして未来へ