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和海悠の『Passing through a Tunnel』〜方向性模索中〜

和海悠(かずみゆう)の好きな音楽、創作、IT、最近の興味と自分の気づいたことをダダ漏れに発信中。

優秀な人って誰だ?

01日記

次世代リーダーとは程遠いですが。

つい最近、いわゆる次世代リーダーが集う会みたいなものに行ってきました。本当は別の人のついでにお誘いを受けてて、一緒にいたから招待されると思っていたら招待されず、それにも挫けず当日にせびって(笑)入れてもらいました。

要するに、今の日本を変えていきたい!という大学生が大多数を占める中、僕も散々若作りをして(=変な上から目線を抱えたネガティブな社会人に見えないようにして)出かけていったのでした。

いやぁ、みんな学歴も思考も行動力も圧倒的で、僕なんかでは到底太刀打ちできないような人間でした。将来の日本を背負っていこうという気合、西日本を盛り上げていきたいという気合が溢れていて、それぞれに問題意識を持っていて、もっと尖っていきたい、もっと前に進みたいという意欲あふれる会でした。

やっぱり教育論になるわけでして。

自分たちが教育を受けてきて社会に羽ばたく直前だからか、やはり教育に強い考えを持っている人が多かった印象。実際にそういう団体で活動している人も多かったし。

「どんな人をリーダーだと思うか」「リーダーシップとは何か」という定義から話し始めると…ご想像通り終わらないんですよねー。どこまで掘り下げても答えなんかないわけで。

中でも、「優秀な人間の定義!」これには参りました。しかもこの話題の際にはどこか討論チックになってしまって、「グローバルな人材」といえば「じゃあグローバルじゃなければ優秀じゃない、落ちこぼれの人間ということになるのか」なんて意見になってしまって、ちょっと耳に蓋をしたくなるような部分もあり。そういうときの対処法は、違う話にすり替えるに限る。別の人と話しながらも、その話はちゃんと聞いていくという。

そして一週間経ってやっとわかったこと。

その場で反駁できなかった時点で完全に手遅れだったのですが、「優秀な人間」という価値観が外れた=優秀でないからその人はどうでもいい、というこの図式自体が違うかったのではないでしょうか。

僕は「行動力・実践力・耐久力がある」人が素晴らしい人だと思っています。何をするにしても、頭で考えているだけでは何も生まれなくて、それは表現されてはじめて価値のあるものだと。だからといって、「頭のなかで考えているだけの人」が劣っているとか、「ひとりでじっくり考える人」が劣っているとか、そういう考えはなくて、ただ単に自己表現すること、そしてそこに自信をもって突き進めることが素晴らしいことだと、そういう価値観でいます。

別にグローバルな人を優秀と思って育成したい人がいてもいいし、もっと日本の歴史を知って日本を誇りに思う人がいてもいい。そうやっていろいろな支援先があって、多様な人材が生まれることが、素晴らしいことなんじゃないでしょうか。

だからこそ、画一的な教育に反発するんじゃないかなぁ、なんて。自分で責任を持って選択をするということ、そしてそれが違うと思ったら移れる勇気、そういった機会があれば、案外そんなに定義云々で考えなくても、もっと自由な発想でいいんじゃないか、なんて。まぁ、気づいたのが遅かったので、こんな遅い時間にブログで表現しちゃってるんですけどね。本当に見てほしいならフェイスブックに書き込めよって話ですが。諸事情あって書き込めないんですけどね(苦笑)。

政治も教育も宗教も、みんな同じ。形がないから、みんなその未来を期待して、信じるしかないんですよね。そうやって信じたものが実現していく過程で、きっと誤ったことも起こるし、壁もたちはだかるし、そこでどう修正していくのか。彼らの未来が楽しみだし、自分の未来を楽しみだと思いたいです。