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和海悠の『Passing through a Tunnel』〜方向性模索中〜

和海悠(かずみゆう)の好きな音楽、創作、IT、最近の興味と自分の気づいたことをダダ漏れに発信中。

SNSでバズらせるための◎ヶ条は何のため?

SNSで拡散する意味とは?

Facebookなら(・∀・)イイネ!!の数だったり、シェアの数だったり、Twitterならファボの数やリツイートの数か、その拡散力が強大になれば「バズる」と人は表現し、それを目指すために広報担当者は苦労に苦労を重ねてアクセスを解析し、関連をリツイートしているけれど、果たしてその本来の意味を見失ってはいないだろうか。

知ってもらいたい、だけではだめじゃん?

SNSの普及につれて、本来のコンテンツの魅力がなく、ただバズらせる策に溺れている気がする。「価値があるもの」ではなく、「価値がありそうなもの」が現在の価値なのだろう。それなら、現場で落胆してもいいのだろうか。美しいポスターに惹かれて出かけて、入場料さえ払えば、その後はどうでもいいのだろうか。

そもそも告知にあふれたSNSを誰が観たいのだろう。リツイートだらけのタイムラインに、誰が興味を示すだろう。情報が溢れすぎて、もうお腹いっぱいの時代に、どう告知をすべきかはひとつの課題であるのは間違いないが、決して本質を見失ってほしくない。

本当に価値のあるバズとは?

それは意図して起こすものであはなく、偶発的に起こるものが理想だと思う。とはいえ、社会人たるもの、そうも言ってられないのが現実。その際は、そこにいかに熱量を加えるか、他との差別化を図るものではないかと。「これ、良さげだよ」でも「これ、絶対オススメ」でも「間違いないからこれ使え、( ゚Д゚)∂゛チョットコイヤ」でもない。「私はこう思う、だからこうしたい!」という自分語りをいかに伝わるように伝えるか、が重視されると信じたい。